仙人草の咲く庭で

犬と一緒に散策する里山スケッチ。自然界のさまざまな存在や、見えない世界へと誘われる心のスケッチ、モノローグ

春の訪れ

1ヶ月以上前に書いた記事の投稿で恐縮ですが^^;

 春の訪れといっても、今年はいつ訪れたのかはっきりしないけれども・・・。

春の中に冬があって、冬の中に春がある季節の変わり目に特徴的な

ゆらぎの天気は面白い。この間はそんな特有の天気が1日の中にギュッと

詰め込まれて、目まぐるしく季節が変わるのを体験した。

曇って風が吹くと、肌を刺す冷たい厳しい風が吹き、雲間から太陽が

顔を出すと、急に周りの景色も明るく暖かな陽気になってウグイスが

鳴き出すという、季節は順に巡ってくるだけではなく、1日の中に季節が

あるのだということを実感した。

10日ほど前の暖かな日、私が冬の間、最も注目している幸福の青い鳥、

ルリビタキに久しぶりに会えた。オス(の成鳥)はその名が示す通り

綺麗な青い色が特徴で、冬の野山の中で人目を引く。藪の中でお馴染みの

ジッ、ジッという地鳴きが聞こえたので間違いないと確信した。

ルリビタキは暖かくなると、ここより北の方や高地の比較的涼しい土地に

移動するらしく、もういなくなってしまったのかと思っていたので、

姿を見たときには嬉しかった。暗い木立から近くの梅の木の枝へ、梅の木から

木立へ、枯れたススキの穂先へと目まぐるしく動き回るので、見失わないように

集中して目で追いかけた。その日はこの春初のモンキチョウも見かけた。

数日前にも2日続けて、ルリビタキを一瞬見かけることができた。Lucky✨✨✨

そして、ついにハナバチ(日本に自生する小さなハチ)も登場した。🐝

そして、つい2日前山桜がすでに八分咲きくらいになっているのに気が付いた。

本当に春がやって来たんだなと実感した。

ただ少し気がかりなのは、まだツバメを見ていないこと。

これまで春分の日にやって来るのが標準で、寒さが厳しかった年には3月末とか

4月初めということもあったが、暖冬だった今年、まだ見ていないというのは

何かおかしい、不穏なものを感じる。

鳥も鳴かない、花も咲かない・・・というレイチェル・カーソン

名著『沈黙の春』のフレーズが、ずっと私の人生の中で弦楽器の低音のように

鳴り響いてきた。人間はどこまでいっても、快適さや欲望を追い求めて、自然と

自分が一体なのだということに気づかない、あるいは気づいても変えることが

できない、このまま突っ走るしかない愚かな存在なのだろうか?

人間だけならいいとしても、それが何よりミツバチのような小さな生き物や

植物、その他この地球を豊かに彩ってくれているあらゆる生命の存続を

危うくしていること、

そして自分も否応なくその一端を担ってしまっていることが、

本当にもどかしい。