仙人草の咲く庭で

犬と一緒に散策する里山スケッチ。自然界のさまざまな存在や、見えない世界へと誘われる心のスケッチ、モノローグ

レイニー・パサロウの臨死体験 1

1966年5月、レイニー・パサロウ(当時16才)は、食物アレルギーが原因で意識不明となり、稀に見る臨死体験と呼ばれる経験をしました。臨死体験というものが通常どういったものなのか基準は分かりませんが、彼女の臨死体験はかなり深いレベルに達したものだったように思われます。

以下は、彼女が語ったものの記録を翻訳したもので、以前にmixiに投稿した記事から転用しました。長い間放置していたので復帰できるかどうかも不明な状態でしたが、なんとか奇跡的に復帰できました!(ただし、あまり直訳的すぎるところは、少し表現を変更するかも知れません)興味のある方は、以下のリンクを参考にして下さい。

Reinee Pasarow's Near-Death Experience: 

https://www.near-death.com/experiences/exceptional/reinee-pasarow.html

*レイニーは彼女の経験を次のように語りました。

〈レイニー、光の玉になる〉

消防車が到着したとても大きな音が聞こえて、ようやく私は気が付きました。

小学校からの親友が私を呼んでいるのが聞こえました。

彼女は「レイ二ー、死なないで。死なないで、レイ二ー」と呼びかけていました。

私の耳にはその言葉がまるで外国語のように響いていました。

とうとうその言葉が意味をなして、私の命が危険な状態にあるということを

理解しました。

彼女の声は私の胸を突き刺すほど、あまりにも恐怖を帯びていたので、私は

母や親友のために、自分の命のために闘わなければいけないと感じました。 

私は自分の命のために闘おうとしましたが,闘いは抗えないほどになりました。

その時点で、私は自分自身、自分の魂を、私たちすべてのものを存在へと

もたらし、私たちすべてに命を与えてくださる力に明け渡しました。

私はそれがあらゆる生命の源で、万物の在り様(ありよう)だと知っていました。

私はその力に自分を明け渡し、安らぎに満ちた状態に入りました。 

その瞬間、私の体の周囲を取り囲んでいた群集の真ん中で、

私は光あるいはエネルギーの玉になりました。肉体に存在していた時の

意識とは違って、相当な範囲まで分かるようになっていました。

自分自身のことはあまり意識にはなく、私の周囲にいるあらゆる人のことを

意識していました。

母や隣人や友人たち、消防士の人たちのこと、そして彼らが何を考え、

感じ、望み、そして祈っているかが分かりました。

あまりにも続けざまに感情と情報が入ってきたために、私は突然圧倒されて

混乱し、どちらかと言えば、まごついていました。

私は彼らが注目している方向に従って、歩道の上に体が横たわっているのを

見ました。

その手首の骨の曲がり具合には見覚えがありました。

それを見ながら,こう考えたのを覚えています。

「私の手首の骨ととてもよく似てるわ」

それからその歩道の上に横たわっている物体、突然私にとっては一片の肉の塊に

なってしまった物は、かつて自分がそれを自分自身だと認めていたものだった

ということ、けれどもその肉体にとても長く留まっていたということ以外には、

何のつながりもなくなってしまったことに気が付きました。

その体は私とは何の関係もありませんでした。何故なら、

突如として私はこれまで自分であった人物以上のものだったからです。

私はそれまでよりずっと意識がありました。

私は肉体的な存在という限界から自由になっていました。

私は自分の体を見て、私の体を取り囲む悲しみと動揺、そして肉体的なものが

自分のリアリティー、人間のリアリティーだと

これまで考えていたというその考えそのものに嫌気がさしました。

(つづく)