2、3年前の5月の満月の明けた朝のこと。
いつものように犬を連れて散歩に出ると、
山の中はほのかな甘い香りに満ちて、まるで粉雪でも降ったかのように
林道は淡いクリーム色に埋もれていた。
そんなことはこれまで20年余りの里山暮らしの中でも、
後にも先にも一度だけ。
広葉樹のてっぺんを覆っていたクリーム色のベール=花粉が
一夜にしてしんしんと降り積もったということらしかった。
2004年の2月頃に(1月だったかも知れない)
深夜になって冷え込みがさらに厳しくなり、
かつて見たことのないパウダースノウらしきものが降ったことがあった。
(パウダースノウという言葉は知っていたが、実際に見たことはなかった)
それが水、H2Oの一形態であるとは思えないほどサラサラとして、
雪という言葉から感じられる湿り気が全くといっていいほどなかった。
音もなくみるみる降り積もっていくパウダースノウを
手や顔に受けながら歩いた夜は、まさに魔法のような夜だった。
その時の記憶が蘇ってくるほど、広葉樹の花粉は降り積もって
山の小径をクリーム色に染めていた。
(道の両脇はかつて田んぼか畑だったと思われるところに
杉が植林されていて、それ以外は昔のままの広葉樹が多く残っている)
甘い花粉の香りに浸されたクリーム色の道を歩いたあの日の朝の散歩、
そして15年前のパウダースノウの中を歩いた夜は、
自然の神秘を味わうことの歓びと驚きに満ちていた。
5月の満月の頃になると、またあのときのような甘い香りのする
クリーム色の道にならないものかと期待するのだけれども、
自然は決して同じものを見せてはくれない。